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子供の私が一番大切にしていたこと
 さて、もうすぐカウンセリングのアポなので、また親からもらったメッセージを考えています。

わたしが子供の頃のこと、今の自分のことを考えるとどうしても水泳のことに戻ってしまいます。

子供だった私にとって水泳が全てでした。

そのことが今でも尾をひいているなって、今改めて気がつきました。

トホホって感じです。そんなことが40歳になっている自分に影響及ぼしているとは気がついていませんでした。

水泳をはじめたのは私が小学校一年生のときです。

 当時は、父の仕事が転勤のある仕事だったので、東北のある海沿いの街に住んでいました。

海が近いため、泳げることは重要。そんな理由だったのかわかりませんが、二人の姉がすでに水泳に通っていて、私も一年生になったら当たり前のように水泳に。

二年生になるころにはすでにかなり選手として大会にばんばん出ていました。

当然、夢は同じ東北出身の長崎弘子。小学校6年生で日本代表になった彼女を目指していました。

オリンピックを夢中で見るようになったのはこの頃。

記憶に鮮明にあるのはLAオリンピック。絶対にオリンピックに出たいと思いました。

父がスケートをやっていたので、スケートも憧れだったのですが、何しろ東北の田舎ではフィギアをやる場所がなくてスケートは憧れで終わりました。


でも水泳は違います。

プールと水着さえあれば泳げます。

当然このまま水泳を続けて、中学生になることには体も大きくなるしと勝手に夢を膨らませ、日々練習に励んでいました。小学校4年までは、水泳しか頭にありませんでした。

当時、練習は学校のあと週3回。

プラス土、日。

当然遊ぶ時間は少ないので、友達も水泳の友達の方が学校の友達より多かったし、仲もよかった。

小学生でも合宿とかあったし。全てが水泳中心でした。

ところが。。。。

小学校5年生で転校。

前のクラブのコーチは期待してくれていたので、必ず水泳続けろよと新しい土地のクラブのことまで気にしてくれてました。

新しい土地でも私は水泳をやるつもりで、スイミングクラブの見学も早速母と行きました。

自分のベスト記録を手に、見学へ。

でもやらなかった。

。。。。。。


やれなかったのです。

やりたいからお願いと最後に母に言えなかった。

お金もかかるし、お迎えもできない。そんな雰囲気が母から出ていて。

あきらめろといわれたわけではないのですが、あきらめろオーラを感じてあきらめました。

わずか10歳でした。

親に反抗してまで水泳をやると言うことができなかったのは自分の責任ですが、でもいえなかったのは子供だったからです。

その後、中学生になって、部活はバスケをやりました。

水泳部がない学校だったから、まあバスケを昔やってみたいと思ったことがあったのでやった。

ただ中学ではじめても、小学校からミニバスケをやっている人と差があった。

しかも私はますますいじめに苦しめられていました。

水泳があきらめきれず、もう中学生だし、自分で通えるからと思い切って父にお願いをしたら、あっさり怒られて終わり。

二度と水泳やりたいとは言えませんでした。

この気持ちは今でもひきずっています。

もし、やっていたら、れば。ではないです。

もう過去は過去。

では何かというと、水泳をやるな。という親からのメッセージ。

それをひきずっています。

私が水泳をあきらめた後、母はあっさり自分だけアダルトスイミングに通いインストラクターにまでなりました。

父も水泳に通うようになり、二人でアダルトスイミングに通っていました。

私はあきらめた悔しさをそのまま胸に秘め、高校では今度は陸上に挑戦。

すると、父も母もどうしたわけか、走るように。

今では70歳になろうとしている二人はマラソンが趣味で、ハワイ、オーストラリア、そしてアメリカでも走りました。

この複雑さ

わかってもらえるでしょうか?

娘の私の大会には覚えている限り一度も両親がきたことはありません。

それと張り合うように両親は自分たちだけ、水泳もやり、マラソンをやり。

今の私は、子供だったときそのもので、ジムにいくことすらできていない。

たまに行きますが、それだけ。

行くな、やるな。という親からのメッセージはそのままナルが引き継ぎ、今の私は運動が楽しめません。

この親からのメッセージを紐とくのが今のカウンセリングの課題です。

posted by: CH −自己紹介です | 自分のこと | 05:27 | comments(5) | trackbacks(0) |-
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初めまして。中尾相談室で検索してこのHPに辿り着いて以来、ほぼ毎日拝見しております。いつもこのHPに励まされております。
両親からの禁止令に縛られ、辛いかとお察しします。失礼ながらご両親はCHさんに依存しているように見え、ご両親の振る舞いは「子の親」の振る舞いには思えませんでした。
CHさんと同年代です。私は母と弟が多分NPD(かBPD?)です。現在に至るまで、もともとの家族内での自分の扱われ方を思うと悔しくなります。カウンセリングを受けながら、自分を取り戻そうとしています。
PCの向こうから応援しております。
| clare | 2012/01/16 3:09 PM |
clareさん、

コメントありがとうございます。
とてもうれしかったです。
私も悔しいと思うばかりです。
こういうこと書いていて、自分は悪いわけじゃないとはわかっていてもやっぱり親を責めることはできなくて、まだまだ葛藤中です。一緒にがんばりましょう。
| CH | 2012/01/18 2:21 AM |
コメントありがとうございます。私もすごく嬉しかったです。
詳しくは書けませんが、CHさんと同じような感じで、私も弟と連絡を取らざるを得ない状況にあり、その状況が弟が死ぬまで継続すると思われるので、CHさんの元夫への対応の仕方がとても参考になっています。
今の状況のCHさんの心もちは察して余りあるものがあります。
ともに頑張りましょう。
| clare | 2012/01/19 10:14 AM |
直前のコメントの訂正です。
「その状況が弟が死ぬまで継続する」か
どうかはわからない。
言葉には言霊があると思うので、訂正します。
CHさんの大事なブログで勝手な振る舞いをしてしまい、
申し訳ありませんでした。
| clare | 2012/01/19 8:40 PM |
clareさん、

わざわざ訂正ありがとうございます。
全然気にしてませんので、今後もよろしくお願いします。
| CH | 2012/01/20 2:46 AM |









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