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福島への思い
 何度かここでも書いてきましたが、福島は私が子供時代のほとんどをすごした場所。

きのう、私の参加している日本人スポーツグループの集まりで、今年は、こちらの日本人キリスト教牧師さんの関係で日本の被災地中学生を呼ぶのでその子達の歓迎もかねてイベントをやろうというような企画をしておりました。

そこで話していたらその牧師さん、福島出身で、わたしの行った高校とは隣の町でした。

牧師さん、震災以来、何度も福島へ行っていて、私に福島出身じゃないとわからない現地の話を語ってくれました。

 
今はインターネットの普及のおかげで、福島についてかなり心無い記事、コメントを目にします。

福島出身の人間としては、本当につらいもの。

現地がどれだけ大変でどんな思いで毎日生活しているかは現地の人間でないとわからない。

避難すればいいという意見がかなりあるようですが、福島で生まれ育ち、そこが住む場所の人間にとって、お金があるとかないとかそういう問題ではなく、住む場所はそこなのです。

私の友人たちは、みんな年取っていく親がいて、まだ幼い子供がいる世代。

住むしかないからと現実を受け入れています。

その現実は、本当に悲惨。

目に見えない放射能。

そして将来についての不安。

これが一番こたえるということです。

将来がまったくわからないのです。

いつまでたっても放射能は消えるわけではなく。

たとえ表面を除線したと言われても、そこで安心できるものではありません。

そこで生活している自分たち。

10年後、20年後。

そして、成人した自分たちの子供は福島出身というだけで受けるであろう、将来の差別。

それは、今はわからないし、誰も語ろうとはしません。

今日一日という言葉がありますが、そうやって必死に暮らしているだけ。

ただ、牧師さん。

職業がら、人を助けるわけですが、そういう職業にあるために、余計、絶望感がひどい。

私も言葉を失いました。

どれだけがんばっても変えられない大きなものがある中。どうやってもポジティブになれない。

牧師さんですらそうなんだ。

久しぶりに地元、福島のことを思いました。

おかげで、ゆうべはわたしの育った町のことをずっと考えていました。

郡山というまちは、福島の中では都会です。

といっても東京からみたらびっくりするくらい田舎。

私は、その郡山の中でも、まだまだ当時は農家がたくさんいる場所に住んでいました。

学校へ歩いて通う道は、ところどころが田んぼで、ビニールハウスの畑があちこちに。

当時の郡山はビニールハウスできゅうり、とまとを栽培している農家が多かった。

そして田んぼも多く、よく、かえるとったり、ムシとったりと、かなりの田舎な子供時代をすごしました。

あの緑の深さは、言葉では表せない。

郡山は、高校卒業と同時に引越し、その後、父がまた転勤になったので、帰ったのは数回。

それでも日本に行くたびに、友人に会いに郡山に行きました。

何年たっても、記憶はなくならないもので、思い出すとあまりにもはっきり覚えているのが、緑の濃さと、よく遊んだ阿武隈川沿い。

中学が川に面していた。

思い出すだけで、あまりにも記憶がはっきりしているので涙が出てきます。

何もできないんだと言っていた牧師さん。

それでも、福島を助けたいと言う思い。私も全く同じです。と言うことしかできませんでした。






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